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千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

「ゴータマさん」でいいじゃない。

先日は、創価学会の指導者の神格化について触れましたが、神格化というのは古今東西の宗教には必ずと言っていいほど見受けられますね。

 

仏教に限って言及しても、ゴータマ・ブッダ日蓮など、神格化されすぎて実像が見えなくなってしまっています。

 

法華経の現代語訳などで知られる植木雅俊氏は著書『人間主義者、ブッダに学ぶ』(学芸みらい社、2016年)で、ブッダの神格化について紹介しています。

 

曰く、原始仏典では、ブッダはあくまで自分のことを人々の「善き友人」(善知識)と見なしていました。

 

また弟子たちもブッダを「君」「ゴータマさんよ」と友人として呼んでいました。

 

しかし、小乗仏教の経典『マッジマ・ニカーヤ』では、ブッダが「私は人間ではない。ブッダである」と話しています。

 

説一切有部の『阿毘達磨大毘婆沙論』でも、「如来を長老などと呼んだり、ゴータマなどと姓名で呼んではならない。もしも、そんなことをすれば、ためにならないことを得るであろうし、激しい苦しみを得るであろう」などと恫喝します(前掲書、279頁)。

 

こういう呼称にこだわるところは、「日蓮大聖人」とか「池田先生」という敬称に固執する日蓮正宗創価学会に共通していますね。

 

日蓮さん」とか「池田さん」とか言ったら罰があたるんでしょうか? 

 

日蓮正宗は現法主の早瀬日如氏を「御法主日如上人猊下」と呼んでますね。

http://www.dainichiren.com/index.php?id=15

 

「御」「上人」「猊下」ってどこまで権威付けたいんでしょう。てか噛むわ!笑

 

創価学会にしても、勤行の終わりに「御祈念文」を黙読して祈りますが、近年の改正で三代会長への報恩感謝の文面がやたら長くなりました。

創価学会初代会長 牧口常三郎先生、第二代会長 戸田城聖先生、第三代会長 池田大作先生を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、その死身弘法の御徳に報恩感謝申し上げます。」

http://www.sokanet.jp/shinkaiin/gongyo.html

 

今までは「牧口先生」、「戸田先生」で良かったんですがイチイチフルネームです。そんなに仰々しく言わなきゃ感謝も示せないんでしょうか。

 

折角日興上人の肩書き「本門弘通の大導師」など、仰々しい言いかたが色々削られて(日目上人は完全に消えました笑)、すっきりしたかと思えば、この有様です。

 

「牧口さん、戸田さん、池田さん、ありがとう!」じゃダメですか?笑

 

結局何故神格化したがるかっていうと、自分たちの教団を権威づけるためなんですよね。

 

 

先の本でも触れていましたが、中国の故事に出てくる「虎の威を借る狐」ってやつです。

 

絶対的な権威ほど、自分たちを正当化し、他者を、特に信徒を隷属させるのに便利なツールはありません。

 

小乗経典に見られるように、犯罪的なのはあたかも本人が言ったかのように書いていることです。

 

これは創価学会池田氏の著作の代作ライターもやっていることですね。

 

まぁこうした手口は昔っからあったということですね。

 

人間としてのブッダ日蓮池田大作の実像を真摯に探ることが、今最も必要なことではないでしょうか。