千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

創価学会の「言語空間」(1): ふしぎな「学会言語」

いつもご愛読いただきありがとうございます。

ツイッター効果でしょうか、昨日のブログアクセス数は500台だったんですが、今日は900をゆうに超えてました。

私の知らないところでシェアして下さった方々もいらっしゃると思います。

重ねて御礼申し上げます。今後とも是非ツイッターやコメントなどを通してご教示下さいませ。

 

ところで、皆さんは『創価学会あるある』(創価学会ルール研究所(著)ビジネス社、2014年)という本をご存知ですか?創価ネタでは有名らしいんですが、私は出版して1年ぐらい経ってからブックオフで見つけました。

 

著者名は「創価学会ルール研究所」とありますが、書いたのは長井秀和さんと噂されています。 どうでしょう、ご本人に聞いてみたいと思いますが笑 

 

この本は創価学会員の日常や行事について面白おかしく取り上げているんですが、別にアンチ本というわけではありません。学会員が読んでも「あーあるある」と文字通り納得してしまう記述が多いです。

 

個人的に好きなのが第1章の「学会言葉の世界」。学会あるあるの一つ、「学会員は鼓舞する言葉の前に『大』をつける。」という指摘には思わず吹いてしまいました笑

 

「大勝利」「大難」「大道」「大獅子吼」「大決意」「大発声」「大法戦」「大躍進」「大折伏」「大感情」「大功徳」…と。

言われてみればキリがない笑 「学会員はとにかく何事も大きくなければ、気持ちが乗ってこないのである」という説明は当たっています笑

 

ちなみに日蓮の敬称は一般的には「日蓮上人」や「日蓮聖人」ですが、日蓮正宗創価学会顕正会では「日蓮大聖人」。ここでも「大」にこだわってます。差別化というかブランドを気にしすぎるきらいがありますね。

でもブッダのことは「釈尊」です。「お釈迦様」なんて言いません。この二人の呼び方の差別化も「日蓮本仏論」の影響でしょうか。

 

確かに創価学会で活動していると、会員独特の語彙があることに気づきます。

 

「正義」「勝利」「闘争」「共戦」「使命」「決意」「誓い」「誉れ」「激励」「啓蒙」「生命力」「尊い」……といった日常生活では普通使わないよなーという言葉。

 

「友好活動」「境涯」「福運」「宿命転換」「内部・外部」「学会宣言」「諸天に守られた」「奥底(おうてい)で聞く」……学会員でなければ絶対に使わない言葉。

 

まぁ色々あるんですけれども、こういう学会員の言葉遣いに、彼らの思考回路なり行動原理を読み取ることができます。

 

企業などでしか聞かれない「人材」という言葉も、「広布の人材に!」「創価の人材城!」といったスローガンに使われるぐらい、創価学会では重視されています。

ある時知り合いから「池田先生の言う『人材』という言葉が嫌いだ」と言われ、ショックを受けたことがあります。でも、確かによく考えてみると、「人材」ってあまり良い言葉ではありませんね。今では私もどちらかと言えば嫌いです。

 

「誰かの役に立ちたい」「何か価値あることを成し遂げたい」という本人の自発的な思いとしては分かります。しかし、他者に向かって「人材」「人材」と言うのには抵抗を覚えます。そもそも「人材」の「材」は「材料」です。人を手段視する発想が感じられます。前回お話しした「合目的性」と繋がっています。

「仏法は人間主義」と言っておきながら、大きな矛盾を感じるんですよね。私たちは信濃町のコマじゃありませんよと。

 

また、「人材城」だの「広布の牙城」だの「創価城」だのと、「城」という言い方も古めかしいですね。いえ、古いことが悪いとまでは言いませんが、どうしても「内に固まる」というか、物々しいものがあります。

 

 別に嫌いな学会用語を並べ立てて愚痴を言いたいわけではありません。ただ、昨日述べた「『何のため』という呪縛」もそうですが、「言葉」がいかに知らず知らずのうちに自分の思考を縛っているかに最近気づかされることが多いのです。

 

「言語」というものに対しては、まず人間の「思考」が先にあってそこから「言葉」が生まれるというイメージを抱きがちです。しかし、その「思考」というのも「言葉」を使って行うわけですから、逆に自分の使っている「言葉」というものが無意識に自分の「思考」を形作ってしまっている面もあると思います。

 

私は言語学に関しては門外漢ですので、是非詳しい方にご教示賜りたいなぁと思います。

 

今日も長くなってしまったのでまた後日に♫