千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

「幾通りもの法華経」が可能である。

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いつもご愛読いただきありがとうございます٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

 

昨日も引き続き法華経についてお話ししましたが、やはり創価学会のテキストだけでは知り得ないことが多すぎると痛感しています。

釈迦の時代や、法華経に関することも、概略を紹介するに留まり、それがどう日蓮の思想や曼荼羅本尊、南無妙法蓮華経の唱題行につながるのか見えてこないのです。

 

また、創価学会折伏をする際によく言われる例えが、「電化製品の説明書を読んでから始めるより、まずは効果を試してみてそれから勉強すればいい」、というものです。

 例えがコンピューターだったりリンゴだったり、何でもいいんですが、要するに「体験を積ませる」っていうことが先なんですね。

まぁ一理あるんですけれども、じゃあパソコンのプログラミングやらソフトウェアやら色々勉強するかっていうと必ずしもそうではありません。

 

要するにテキストの内容が偏っている上に、熱心に学ぶという姿勢が見られない。

作家の佐藤優氏が創価学会の教学試験をプロテスタンティズムの「万人司祭主義」に通じるものだと絶賛してましたが、プロテスタントの方々の勉強量には到底及ばないでしょう。

お世辞が過ぎます。

 

 また、前回は「主体的に読む」事の大切さについても述べましたが、テキストを読む際に、池田名誉会長や学会教学部の解説に基づいた読み方に留まりがちです。

すなわち、自分自身の目で見て考える読み方は「我見」であり、偏ったものであるという考え方があります。

もちろん、先人の解説を参考にする事を否定するわけではありませんが、結局のところはその解説自体も自分で解釈しているわけです。

これについては、池田名誉会長ご自身も、「解説だけ読んで分かったつもりになってはならない。御書の原文を自分自身で読み解く格闘がなければならない。」と、幾度となく発言しています。

これは、法華経に関しても同じ事が言えます。

創価学会員は、あくまで日蓮が引用する法華経の言葉、また日蓮の解説に依拠しているため、法華経についての理解も日蓮の解釈の枠を外れることがありません。

先ほども自分の解釈を離れてはテキストを認識し得ない事を述べましたが、それはつまり法華経を読む人の数だけ、幾通りもの法華経が成立可能だという事を意味しています。

 

作家の司馬遼太郎は面白い事を言っています。

日蓮宗を知ろうと思って法華経をご自身で読まれた時に、法華経には「日蓮宗のにおいはどこにもしない」と述べています。

曰く、法華経には気負いだったアクの強さがなく、日蓮の教えには彼自身の強烈な「自己肯定」の精神が表れていると。

(詳しくは下記URLの『折れない心=レジリエンス日記』様の記事「司馬遼太郎日蓮観」をご参照下さいませ。http://cgatakanen.blog78.fc2.com/blog-entry-532.html

作家らしい、直観的な感想ですが、実際に法華経を読んでいると確かに言わんとしている事は分かります。

 

実際、釈迦一人が説いた教えも最初は文字ではなく口承で伝わっており、滅後に経典として編纂されていくわけですから、数多の経典、宗派が乱立する事は無理もない事です。

日蓮宗自体も多くの分派ができ、それぞれ独自の日蓮像、法華経観を持って宣教していった経緯は学会の方々もご存知のはずです。

一人立つ精神」を重んじるのであれば、尚の事、「自分にはこうとしか読めない」という良い意味での素直さを持つべきではないでしょうか。

 

日蓮自身も法華経を無批判に読んでいたわけではありません。

昨日紹介した安楽行品第十四では、「旃陀羅」等の最下層の人々と接触を控えることを戒律の一つとしていますが、日蓮は遺文の中でご自身が「旃陀羅が子」であることを主張しています。

日蓮法華経を最も優れた経典として当然重んじていましたが、仏教本来の平等の精神に反すると感じた箇所に関しては、「最下層の出身であることを誇りとすべきである」と、独自の解釈をたてているわけです。

 

このように、日蓮ですら、盲目的に法華経の全てを受け入れてはいません。

もし「日蓮仏法」を信仰するというのであれば、まず日蓮の主体的かつ批判的な読み方と姿勢から学ぶ必要があると思います。

全否定でも全肯定でもなく、批判的に読み、自身の思想の骨肉としていく。まさに「剣豪の如き修行」を実践していく中でこそ、現代における釈尊法華経日蓮の新しい価値を生み出していけるのではないでしょうか。

締めの言葉が若干創価節ですが笑、少なくとも私はそのように学んでいきたいと思っています。