千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

「世界と一体化する」という発想:全体主義と世界大戦

こんにちは(´・ω・)

あっという間に週末ですね(汗)

 

さて、昨日お話しした日蓮主義には、日蓮の国家救済のヴィジョンに加え、「自己と世界が一体化する」という発想があります。

この考え方を強く持っていた代表的な日蓮主義者が高山樗牛石原莞爾です。

 

まず、評論家として知られる高山樗牛ですが、彼が初めに傾倒したのは文学の世界でした。

青年時代、立身出世を願いながら、世俗的な欲望に囚われている自分に嫌悪感を覚えていた樗牛にとって、文学は自然との一体化という視点を与え、個人の苦悩を解放してくれる存在だったのです。

そして、大学時代にはハーバート・スペンサー社会進化論に感化されます。

スペンサーの理論は、社会が理想的な世界に向かって進化していくという考え方であり、それは樗牛が言う「自然との一体化」を通して可能であると結論します。

こういう発想を抱いていた彼が、大学卒業後に田中智学の日蓮主義と出会うわけですね。

法華経によって「自己と世界の一体化」を果たし、法華経の理想のもとに世界を統一することができると彼は考えました。

 

当然これは、田中智学の「八紘一宇」という理想世界と親和性の高いものであり、その実現に向けて行動を起こしたのが石原莞爾でした。

日本陸軍のエリートである彼も、樗牛と同じく苦悩の青春を過ごした一人であり、田中智学の「国柱会」に入会し、智学や樗牛の著作に傾倒していきました。

新婚だった彼には、妻と精神的に「合体」したいという強烈な願望がありました。

漢口に単身赴任している時に妻に送った手紙には、今述べたような彼女との「完全なる結合」への願望や、国柱への入会を勧める文言が書かれていました。

拒み続けているにも関わらず、身内から宗教団体への入会を執拗に迫られるのがどんなに面倒なことか、学会員である私にもよく分かります。

しかし、これは莞爾の異常な精神性として片付けてよい問題ではなく、妻との精神的な結合の先には、「仏と一体化し、世界と一体化」するという発展的なビジョンがあります。

自分がまず妻と一体化できれば、人類も同じように一体化できるはずと、「自己の解放」が「世界の解放」につながっていくわけですね。

 

よく軍事行動に積極的なのが現実主義で、軍事行動に消極的ないし否定的なのが理想主義という見方がされがちですが、実際のところ理想主義にも好戦的なイデオロギーはあります。

代表的なのはアメリカの新保守主義、いわゆる「ネオコン」です。

「保守」という名がつくために誤解されがちですが、アメリカの民主政治と市場経済を軍事力を使って世に広めることで理想世界が実現するという点で、好戦的な理想主義に分類できます。イラク戦争などはその典型ですね。

日蓮主義も「八紘一宇」の理想のもと、「世界最終戦争」を経て世界統一を果たすことを目指していますね。

 

理想主義の問題点は、その普遍主義的性格ゆえに、世界を一色に塗りかえようという発想に行き着く点にあります。

それは「全ての人々が自分たちと同じ考え方をするようになれば、理想世界は実現する」という固い信念に裏打ちされています。

9.11のテロ事件が起きた時、アメリカのネオコン達は何を考えたか。

「何故アメリカを憎む人達がいるのだろう、何故アメリカを攻撃しようとするのだろう。それは、彼らがアメリカ人でないからだ。だから、彼らもアメリカの民主政治と市場経済に改宗してアメリカと一体化してしまえばいい。」

そして彼らがそれを達成する手段となったのが、「global war on terror (テロとの世界戦争)」です。

日蓮主義者も同じです。

単に世界を軍事的に支配するのではなくて、国民を、人類そのものを日蓮主義に改宗させなければならないと考える。

日蓮主義者の場合は、天皇末法に出現する「上行菩薩」や「転輪聖王」、「賢王」と同一視され、日蓮主義に改宗させる事を目論んでいました。

 

このように、ユートピア主義的理想主義は、世界統一に思想の統一をも必要とする点で全体主義に結びつく危険性があります。

平和主義を標榜する創価学会といえど、根底には「全ての人々が自分たちと同じ考え方をするようになれば、理想世界は実現する」という発想がやはり見受けられます。

「地球民族主義」といっても、未だに組織の「拡大」を目標にしている時点で、創価学会に入信する人が世界中に増える事が前提になっているのです。

これは、石原莞爾が妻と一体化するためには、妻が国柱会に入会することを前提にしていた事と重なります。

創価学会という組織内においても、意見の多様性を認めない全体主義的傾向が強まっている事が問題になっていますが、これも、他者が自分たちと同じ考え方をしない限り一体化できないという信念と密接にリンクしています。

 

以上の点から、一つの理想のもとに、世界と一体化しようというユートピア主義的理想主義は、全体主義と世界大戦に発展する危険性があり、日蓮思想もこうした問題からは決して自由ではないのです。