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千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

「破僧の定義変更」: 内ゲバを越えて

気がついたらブログアクセス3000を超えておりました(; ̄O ̄)
心から御礼申し上げます。
 
思想・教義の検証ということで、最近は様々な文献を読み漁っています。
昨日もオルテガのテキストを紹介したように、仏教関係であるかどうかを問わず、古今東西の文献を参考にしています。
意見の多様性を認めない傾向は、仏教の世界にも当然あるわけで、それを理解する上でも西洋の哲学に学ぶ点は多いですね。
ちなみにこの「意見の多様性」という問題ですが、すでに釈迦の滅後に直面しています。
いわゆる「部派仏教」という存在です。
これは「大乗仏教」の出現よりもずっと前の現象です。
 
「部派」の成立といっても、「分裂」と解するのは早計であり、「〇〇部」「××部」という「グループ名」に過ぎず、釈迦の教えの解釈に違いはあれど、互いに認め合って共存していました。
一つの共同体の中に、様々な派閥があっただけと言えます。まぁ派閥イコール分裂だ!とされる方は拒絶するでしょうね。
とはいえ、釈迦は一人でも、弟子が百人いれば百通りの解釈、「百通りの釈迦の教え」が生まれることは避けられません。
当然のことです。
 
逆にそれだけ多様化していけば部派同士で論争となり、結果としては完全な分裂に至りそうなものですが、この時点ではそうなっていません。
この現象は、アショーカ王の時代に行われた教義変更が理由だとされています。事実、「部派仏教」と呼ばれるものが成立した時代は、アショーカ王の統治下にありました。
仏教学者の佐々木閑氏によれば、多様な解釈を認めながら、仲間割れを起こすことのない様、「破僧の定義変更」という教義変更が行われたのだそうです(以下、『集中講義 大乗仏教 こうしてブッダの教えは変容した』NHK出版、2017年、22-24頁を参照)。
破僧」は「破和合僧」の略で、「仏教の僧団組織であるサンガを分裂させる行為」を指します。
具体的には独自の解釈を用いて派閥を形成し、新たな教団として独立する行為が挙げられます。
釈迦の在世の時点で、「破僧」を画策したものを厳罰に処し、謹慎処分を下すことを定めていました。
 
しかし、先ほど述べた様に解釈の多様化自体が避けられぬ以上、厳格に「破僧」を罰しようとすると、「お前たちのやっていることは破僧だ」という非難合戦に陥り、収拾がつかなくなってしまいます。
際限なき内ゲバという現実に、当時の人々も直面していたのですね。
そこで、仮に釈迦の教えに対する解釈の違いが生じても、居住を共にし、集会や会議に参加していれば、「破僧」とは認めないというルール変更をすることになりました。
 
大衆部(摩訶僧祇部)という部派仏教時代の一グループの律に『摩訶僧祇律』という書物には、次の様な趣旨の事が記されています。
サンガ内に、もしお釈迦様とは違う解釈を主張する者が現れて悶着が起こったとしても、同じところに共住し、集団儀式をともに行っているかぎりは破僧ではない。別々に儀式を行うようになったら破僧である
分裂を防ぐための「破僧」という概念が、互いを糾弾するために利用され、凄惨な内ゲバを繰り広げてしまう様では本末転倒です。
だからこそ、解釈の多様化自体は容認するという苦渋の決断に至ったわけです。
 
今の創価学会でも、内ゲバが起きていますね。
日蓮や三代の会長の思想の解釈をめぐって「破和合僧だ!」と言い争う。
学会の場合は「師敵対だ!」という言い方もしていますが、多様な解釈を認めない点は同じです。
確かに、多様な解釈を認めると、際限なき改変が加えられ、本来の教えが著しく歪められてしまうという懸念があることも理解できます。
教えを歪めてはならない、しかしそれでも解釈が避けられないとなれば、本来の教えとは何かという緊張感を持ちながら、学びと思索を深めていくことが必要であると考えます。
そしてその勇気と責任感に基づく解釈がなければ、後の大乗仏教の興隆や、法華経、天台、日蓮による展開もなかったはずです。
「大聖人の仏法を汚すな!」「師匠を否定するのか!」と教条的に否定している様では、大乗仏教はおろか部派仏教以前に逆行していると言わざるを得ないでしょう。