千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

虚妄の「悪魔化」の連鎖:現代文明の思想的課題

皆さんこんにちは(*'ω'*)

 

国内組織の衰退が著しい創価学会

聖教新聞ではその現状から目を逸らさせるかのごとく、連日海外組織の記事が紙面を飾っています。

教義問題の変更も頻繁に行われている昨今。

創価学会仏」という頓狂な教説も出てくるようになりました。

ブラジルの会合でも「創価学会仏」の意義について語っていますね。恐らく他のSGIにも浸透させる気でしょうが、本当に世界でも通用する教義だと思っているんでしょうか。セクト主義と思われないように、海外では日蓮本仏論をひっこめていたにも関わらず、ここへ来てセクト性を強める教義を打ち出そうというのは、理解に苦しみます。

 

創価学会内部の改革派の会員には、「今は執行部と公明党の暴走こそが喫緊の課題だ!教義問題をやっている場合ではない!」と仰る方々もいらっしゃいます。

彼らの危機感は理解できますし、問題意識を全否定するつもりはありません。

ただ私には、常に誰かを悪者にして排斥していく発想こそ創価学会が内在的に抱えてきた問題であり、その点を見過ごしてしまうと、堂々巡りになってしまうのではないかという懸念があります。

教義問題また思想の問題を疎かにしてきたからこそ、「選挙をやると功徳が出る」「仏法は勝負」といった、現世利益的かつ成果主義的言説に惑わされるようになってしまったのではないでしょうか。

 

特に誰かを悪魔化して排斥するという発想はいただけません。

 

日蓮は幕府の権力者達や諸宗の聖職者達を失脚させれば事足れりと考えたでしょうか。

血盟団事件を引き起こした日蓮主義者達はそう考えたかもしれません。

現にこの発想はクーデターにつながりますね。

日蓮にも他者を過激に批判する面はありましたが、あくまで「道心あらん人・偏党をすて自他宗をあらそはず人をあな(蔑)づる事なかれ」(開目抄、219)と、他者を悪魔化して排斥することを諌めていました。
‪「皆自宗を堅く信受し先師の謬義(みょうぎ)をたださざるゆへに曲会私情の勝劣なり」(同頁)と、思想的な総括や捉え直しを疎かにして、宗派間の争いや宗内の内ゲバに陥っている様を嘆いていたのは日蓮です。

 

世界に目を向けてみれば、思想や宗教、民族の違いをめぐって、互いに悪魔化し合っている様子が見てとれます。

典型的なのはヨーロッパに見られる移民排斥で、移民を悪魔化して排除しようという動きがありますね。

確かにそういう面もあるのでしょうが、移民排斥やEU離脱を訴える人々の全てが、必ずしも非寛容な立場から主張しているのでしょうか。

 

国際経済の事情に詳しい経済評論家・三橋貴明氏は、ルペン氏率いる国民戦線を単なる極右として片付ける動きは問題であるとしています。

「フランスで「何」が起きているのか」

三橋貴明オフィシャルブログ『新世紀のビッグ・ブラザーへ blog』

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12268769875.html

記事にもある通り、EUの問題点として、極端な新自由主義グローバリズムに基づく政策を行なっていた点が挙げられています。

 

EU域内においては、規制緩和自由貿易、そして緊縮財政と、国民経済の秩序を不安定にさせ、格差の拡大と貧困の増加を生み出す政策が続いていました。

当然自由貿易の中身に人間の移動の自由化も含まれており、大量に移民が押し寄せ、多くの職が低賃金も厭わない外国人労働者によって担われるようになった現状があるわけです。

ルペン氏との対立候補であるマクロン氏は、グローバリズム的政策を推進する立場です。

必ずしもルペン氏が極右の悪魔で、マクロン氏が中道の紳士だと安直に決めつけることはできません。

もちろん、だからといって移民排斥を肯定するつもりは毛頭ありませんが、無制限の移民受け入れには反感を抱く国民が増えてきたことは否めないでしょう。

 

にも関わらず、生活が脅かされた人々の悲痛な叫びすらも「極右」として十把一からげにカテゴライズすることは、これもまたある種の悪魔化に他なりません。

新自由主義グローバリズム、金融グローバリズムグローバル資本主義

色々な言い方はあれど、貨幣によって翻弄される現代文明の課題から目をそらし、互いを悪魔化し合い、非難し合い、排斥している場合なのでしょうか。

世界情勢におけるこうした問題を見るとき、創価学会での情勢も、一体共産党北朝鮮を悪魔化している場合なのか、執行部や公明党を悪魔化している場合なのか、よくよく考えていくべきではないでしょうか。