千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

「正解」なんてない。創価学会員が精神病になる理由・再考

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ルノワール、『読書する二人の少女』)

 

こんにちは。
どうも昨日の投稿はかなり反響が大きかったようで、アクセス数も普段の4倍でした。
SNSで拡散していただきありがとうございます。
ツイッターでもご意見いただき、感謝の限りです。

 

やはりツイッターで伺った限りでは、学会活動や学会の役職と鬱病の関連性について、共感するご意見や実例のお話をいただきました。


特にその中で、学会幹部の接し方にも問題があるとのご意見も伺いました。
落ち込んでいる会員に対して、「お前が弱いからだ」「題目が足りない」といった心ない言葉を投げかける。
かえって深いショックを受けられた方もいらっしゃいます。

 

慈悲なんて高尚なものはなくても、包容力や共感力はあって然るべきでしょう。

職場の上司のほうが、よっぽどそうした包容力や共感力に優れている場合もあります。

職場の指導者の場合、自身の生活もかかっています。

役職が上であればあるほど、従業員の生活も背負っているという責任感やプレッシャーを感じざるを得ないでしょう。

学会幹部の場合、特に会員の財務で飯を食べている本部職員幹部の場合、自身の生活を案じることもなければ、会員を守ることの責任感やプレッシャーを(自発的でない限り)感じることもない。

もちろん、心から尊敬できるような人も知り合いにいますし、全ての職員幹部を否定するつもりはありません。

ただ、一般企業の従業員と創価学会本部の職員のこうした境遇の違いが、今述べたような風潮を助長しているように思えてなりません。

 

別の観点から言うと、「題目が足りない」という言葉には、この世には「正解」があるという発想が伺えます。

創価学会は徹頭徹尾「指導主義」です。

何か悩みや問題を抱えたらすぐに「組織で指導を受けなさい」と言われます。

必要に駆られなくても、周りから創価学会の幹部に人生相談をするよう言われるのです。

仕事が上手くいかなければ「指導」、病気になったら「指導」、人間関係で悩んだら「指導」、もっと酷いのは結婚や、家・車を買う時にも「指導」。

どこまで人の人生を管理したいのかと普通は思いますよね。

 

でもみーんなこれ一応「善意」です。

幹部はそうでない場合もありますが、周りの人たちは「善意」です。

指導を受けさせて、決意を促してあげることが「慈悲」だと言わんばかりなのです。

でも常識的に考えて、プライベートな話を初対面の幹部の場合おいそれと語れるでしょうか。

よっぽど信頼してない限り、活動家でない限り話したいとは思わないでしょう。

特に活動家は、学会指導の中には「正解」が溢れているという無条件の信頼を置きがちです。

 

しかし、折角悩みを相談したところで、先ほど述べたような「題目が足りない」とか、あるいは「決意が大事だ」「祈りは叶う」「負けてはいけない」といった決まり文句を並べ立てられる。

「そんなの最初からわかってるよ、わかってるのに上手くいかないから相談してるんじゃないか」と言いたくなりますよね。

実際私自身が友人の相談に乗った時も、「初めてそんなアドバイスもらえて嬉しい。皆んな同じことしか言わないから」と言われたことがあります。

聞いてみるとやはり皆んな「題目だ」と口々に言っている。

 

何故通り一遍のアドバイスになるかと言えば、相手の話を聞いてないからです。

十人が十通りの悩みを話してきたら、十通り以上のアドバイスがあって然るべきです。

 

もっと言えば気の利いたアドバイスなんかできなくったっていいんです。

大抵の人は「話を聞いてもらう」だけで解決することもあります。

一人で抱え込んでいるのが辛くて、話を聞いてもらうだけで不安が和らぎ、自分で一歩を踏み出していく人もいます。

また話を聞いてもらうことによって、自分のモヤモヤしていた悩みをより明確に詳細に言語化することができ、「こんなことで悩んでたのか」と客観的になって悩みが悩みでなくなることもあります。

あるいは、その過程で話を整理することができ、根本的な問題が見えてきてアイデアが浮かぶこともあるでしょう。

こんなことはセラピーやヒーリングに詳しい人ならご存知だと思います。

 

だから学会「指導」なんて一方的で「対話」じゃないんですよ。対話を重んじてるようで一番対話から遠いのが学会の「指導」です。(いやだからそりゃ対話のできるいい人もいますよ)

いっそ「傾聴」と言った方がいいかもしれません。

昭和の時に比べたら平成の世は深刻なストレス社会です。

悩みの深さが違います。

だから聞いてもらうだけで心が救われるという人は多いはずです。

それを一方的で一面的な「正解」を押し付けて、かえって悩ませているようでは、本当に精神を病んでしまう会員はこれからも増え続けるでしょう。