千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

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『創価教育学体系』を読む(2):教育における帰納法と実証主義

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さて、今回は「『創価教育学体系』を読む」の第2回目です。

前回は、牧口(以下敬称略)の創価教育学の定義について、ほんのさわりだけ紹介しました。
牧口の言う「価値」「人格」については後々検証していきたいと思います。

 

先ず、本書の全体の構成を見てみます。

第一編 教育学組織論

第二編 教育目的論

第三編 価値論

第四編 教育改造論

第五編 教育方法論

第六編 教材論

第七編 教育技術論

俯瞰して見るに、

①まず当時の教育の現状に対する憂慮と教育学そのものへの考察に始まり(第一編)、

②牧口の教育観(第二編)、価値論(第三編)を明らかにした上で、

③教育改革の骨子と具体案(第四〜七編)にて結ぶという構成になっています。

 

緻密な議論を展開しつつも流れは綺麗にまとまっていると言えますので、やはり順番通りに読み進めていくのが適当だと考えます。

また、先ほどに述べたように「価値」や「人格(価値)」の定義、付随する理論についても明らかにしてまいりたいと思いますが、著者の論考が展開されている該当箇所の「価値論」は第三編にあたりますので、そこまで踏み込めるのは大分先になりそうです。

 

そこで、今回は順番通りに「第一編 教育学組織論」から始め、牧口の問題意識はどこにあったのかということを見ていきたいと思います。

第一編の第一章は「教育学の価値的考察」がテーマです。

 

教育実務家はこれまでのごとき、実際生活に迂遠な学者の理論にのみ囚われず、自分自分の日々の経験から研究の歩を起こし、その経験から帰納し確立した原理によって、次の経験を更新し、もって従来の盲目的不安の生活を脱して、意識的・明目的の教育生活の域に進まなければならないのである。(『牧口常三郎全集 第一巻』東西哲学書院、1965年、17頁)

 

牧口は当時における教育者(*)の教育への姿勢を大別して経験派と理論派に分けています。(*牧口は「教育実際家」「教育実務家」という言葉を用いている)

著者が「明治維新後、六十余年を経ている今日」(15頁)と述べているように、教育といっても、日本が近代国家になってまだ百年も経っていない中での状況です。しかし、ここで牧口は、経験派に属し全国のほとんどを占めている教育家の数は「二十余万」にのぼることを示した上での「六十余年」ということで、その膨大な経験の蓄積から、新たな教育学説が未だ生まれていないことに対する不満を露わにしています。

欧米の学説を輸入するだけの理論派もさることながら、経験派にしても新学説を産むような希望が皆無であることに、著者は危機感を抱いているのですね。

長文で紹介した上記の引用にもあるように、牧口が、経験より出発し理論的推論を導き出す帰納法の立場をとっていることは明らかです。

「ねがわくは、諸君等の仕事の効果に着目したまえ。諸君等の経験を反省したまえ。」(16頁)とあるように、経験を重んじ、実証的方法を採用する牧口の姿勢が伺えます。

 

ここで、牧口の立場をある程度理解した上で、教育における帰納的方法や実証的方法に関する問題を呈示してみたいと思います。

まず教育の経験の蓄積から、新たな教育原理を見出そうとする際、観察者が経験というものをどのように認識するかという認識論が問題となります。これは教育者に限らず科学者においても同じことが言えます。

経験に基づくにしても、「(自身の知る)理論というフィルターを通じてしか、事実を観察できない」(中野剛志『保守とはなんだろうか』NHK出版新書、2013年、182頁)という問題があります。

例えば、「ガス爆発が起きたことを観察したという主張は、ガスの性質に関する理論を知らなければ不可能である」(同)ということです。

これは「観察の理論依存性」と呼ばれる考え方で、科学者のように実証主義的手法を採ったとしても、「自身の主張から完全には自由になれない」ということであり、客観性を基に理論の優劣を判定できるとする実証主義の基礎に対する反論です。

教育の「効果」を検証するにしても、それは数値化しうるもののみに限定したものなのか、数値化できないものを無意識に捨象してしまっていないかということが大きな問題となります。

特に経済の様に、生産高や失業率といった数値化しうる対象の多い分野ならまだしも、子供の「人格」という面を強調する牧口が、果たして数値化し得ない対象も多くある教育分野において、同じ原理を同じ様に適用できると考えていたのかは甚だ疑問です。

また、その「効果」なるものが、どれ程の期間の中で認められるものなのか、十年、三十年という期間での「効果」についての視野があるのかを明確にする必要があります。

こうした経験主義とその系譜を持つ実証主義に対する批判について、牧口がどう考えていたのか、あるいはそもそも認識していたのかどうかが明らかにされなければならないと考えます。