千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

創価学会の教学・3つの問題

f:id:thoughtsandlife21:20170824100357j:image

こんにちは。

創価教育学体系』の記事を書き始めましたが、アクセス数がやはり減りますね笑 キャッチーではないし。ご興味ある方々に読んでいただいたりご指摘いただければそれで満足です。

 

さて、学会の、特に教学における指導は色々と問題があります。

 

引用が短すぎる=ワンフレーズ教学

 

活動の打ち出しとか指導に使えそうな、それこそ「キャッチー」な印象を残すためか、引用があまりに短いです。文脈がわかりずらい。

 

有名な「仏法は勝負」も良くて↓くらいの長さです。

夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり。(『四条金吾殿御返事(世雄御書)』、1165頁)

文脈によって意味が変わることって普通にありますよね?

例えば有名な教育者W. クラーク博士の言葉「青年よ、大志を抱け」も、その後に「この老人の如く」という一言が添えられているかで意義も印象も随分違いますよね。

言語だって縁起なので関係性で意味が変わっていきます。

部分だけ切り取ってそれが全てみたいに見せるのって、スキャンダルや印象操作を行うマスコミの手法として批判されることがありますが、うちの組織がそれでいいのでしょうか。

上の引用はもっと短ければ「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」だけです。

そして合言葉は「仏法は勝負」と完全に都合よく使っています。

「官から民へ」みたいにもはやワンフレーズ・ポリティクスならぬワンフレーズ・ブディズムです。

本来全体を通して見ると、「仏法と王法の相違」、「日本における崇仏・排仏派の争い」「仏法は道理で勝つ」という大事なことが書かれているんですけどね。

 

通解がおかしい

 

古文の知識がない会員がいることをいいことに、意図的な現代語訳があります。

例えば先の御書であれば、以下のように訳されています。

そもそも、仏法というのは勝負を第一とし、王法というのは賞罰を本としている。

これなら「仏法で一番大事なことは勝負なんだ!」と捉えることもできますし、「自分に勝つことだ!結果を出すことだ!それが仏法の正しさの証明だ!だから仕事で勝つ!折伏で勝つ!選挙で勝つ!勝って勝って勝ちまくれ!」という強引な解釈が罷り通ってしまいます。

しかし、創価学会が発行した『日蓮大聖人御書講義』(全38巻+別巻で合ってますかね?)では次のような解説がなされています。

 しかも、細かいことのようだが、仏法は勝負を〝さき〟とし、王法は賞罰を〝本〟とするという言葉の使い方にも注意しなければならない。〝さき〟とは、前後の〝前〟ではない。〝本〟に対するのであり、草木の梢とか葉先にあたる。根っ子が〝本〟である。したがって、勝負を先とすということは、勝負を何よりも優先すべきだということでなく、結果として勝負としてあらわれるということである。
 仏法の実践において大事なことは、法の正義を守り、それを全魂こめて実践しきることである。勝負にこだわり策を弄して、正義を歪めるようなことが微塵もあってはならない。この誠意の戦いが、長い展望でみたときに必ず勝利を結果することが証明されるであろう。
(御書講義録刊行会編『日蓮大聖人御書講義 第24巻 四条金吾御書 聖人御難事他十四篇』1974年、31-32頁)

特に赤字の箇所を読めば、現在でいう「仏法は勝負」と正反対であることがわかります。

おまけに青字は耳が痛いですなー笑

とはいえ先の『講義』でも、通解は「さき」を「第一」と訳しているので、矛盾してると思うんですが。

 

そもそも日蓮が書いたのか怪しい

 

日蓮の遺文には「正筆」(本当にその人自身が書いたもの、「真筆」「真蹟」とも言う)と「時代写」(写本のこと)がありますが、普通はその有無で真書か偽書か判断します。(もしくは真蹟が存在したということが確実な事)

しかし、何故か創価学会版の『日蓮大聖人御書全集』(1952年発行)には正筆も写本も存在しない文書が収録されています。

しかも正筆・時代写の所在を明記しているのは私の知る限りではこの分厚い御書全集の目次ぐらいで、聖教新聞大白蓮華などの機関紙に紹介される際は明記されていません。

真偽が未決の文書も全て『御書』として取り扱うのはあまりに不誠実です。

この点、創価学会側の研究者の小林正博氏は、東洋哲学研究所での論文にて、

これまでの「日蓮文書」の収集や、各種「御書」の編纂は、文書の真偽判定をはじめ信頼性の面で大きな問題がありました。改めて文献学的に慎重に検討する必要があります。(http://www.totetu.org/literature/1/589/1.html

と認めています。

 

つくづく思うんですが、学会側の研究者とか教学部の存在意義って何なんでしょうね?

 

追記:『日蓮大聖人御書講義』ですが取り寄せようと思ったらこのような状況でした。

SOKAオンラインストア

https://www.sokaonlinestore.jp/products/list.php?transid=a4cddf9b499b5b4600940f4bacf446fd03dffc60&category_id=&name=日蓮大聖人御書講義

アマゾン

https://www.amazon.co.jp/gp/aw/s//ref=mw_dp_a_s?ie=UTF8&i=books&k=御書講義録刊行会

公式ではヒットせず、アマゾンで新品や中古が買えるのみ。博文堂でまだチェックしてませんが、絶版なのでしょうか?

 

これはヤフオクも使って集めるしかないかなーと思ったら、データ化して公開しているサイト様を発見しました。

http://www.geocities.co.jp/inae_sokagakkai/

これ本当に全文なのかな?すげぇ笑