千思万考ー創価学会ゆる活のブログ

創価学会のゆる活会員が、学会や公明党はちろんのこと、哲学や宗教、政治経済、そして時事問題など、縦横無尽に語っていきます。

浄土教:阿弥陀仏信仰と仏国土の世界観

f:id:thoughtsandlife21:20170826212320j:image

日蓮系宗派では何かと目の敵にされることの多い浄土教とその念仏。(便宜上、たびたび「浄土教」と表記することを御容赦下さい。)

しかし、今日の日本では、浄土真宗が最も信者の多い仏教宗派といわれています。

何故浄土教は多くの人々に受け容れられたのか、またどのような考え方に基づいて悟りへの道を説いたのか、こうした点等を検証せずに闇雲に批判するのはいかがなものでしょうか。

今回はさわりだけですが、浄土教についてまとめてみました。

 

日本における浄土系の代表的な宗派は、浄土宗(法然)、浄土真宗親鸞)、時宗(一遍)ですね。

教義に浄土信仰を取り入れた融通念仏宗良忍)もあります。

 

主要経典は『無量寿経』、『観無量寿経』、『阿弥陀経』(*)の三点が「浄土三部経」として知られています。

(『無量寿経』と『阿弥陀経』は『法華経』とほぼ同時期に成立したといわれています。『観無量寿経』に関しては、インドではなく中国で創作されたものではないかという疑惑があります。)

 

経典信仰を主張した『般若経』『法華経』に対し、浄土教系では阿弥陀仏信仰が中心の教えです。

日本には飛鳥時代の頃に伝わり、比叡山延暦寺の開山以降に教えが定着したとされています。

法然と弟子の親鸞により、それぞれ浄土宗と浄土真宗が始まったのを皮切りに、主に庶民の間で急速に広まっていきました。

 

そして、浄土教系が流行する背景にはやはり「末法思想」があります。釈迦の死後、正当な教えが衰退していき、今世では悟りを得られない時代(末法)が来ることを予言したとされる歴史観ですね。

日本においては、最澄の著作とされる『末法灯明記』の中で「永承七年(西暦1052年)から末法の時代に突入する」とあり、これによって一種の終末論的な考えやそれに伴う不安が社会を覆っていきました。

そのような中で提示された一つの解答が浄土教の教えだったわけですね。修行を必要とせず、ひたすら南無阿弥陀仏と称えることで極楽浄土に往生できる、と。

 

当時の人々も貧困や飢餓にあえぐ中で、今の苦しい世界を離れて別の世界に行きたいと思っていた。

念仏の教えはそんな時代の世相に沿った形で広まっていきました。

また修行を積んだり、寺に寄進したりしなくても救われる道を示したことによって、広く民衆に浸透したと言われています。

この点、経典信仰を重んずる『般若経』や『法華経』は文字が読めることが前提となるため、やはり民衆の中で文字が読めない人々には敷居が高いものであったと言えるでしょう。

もちろん、南無阿弥陀仏の念仏と同じく、南無妙法蓮華経の題目のようなシンプルな方法にまで落とし込めば問題はありませんね。

 

また念仏を称えた信徒が死後に行くとされる「極楽浄土」ですが、これは来世に旅立つまでの「あの世」といった時間的な流れにおける場所ではないようです。

般若経』や『法華経』では「時間軸」で悟りに至る道を考えますが、浄土教の場合は「空間軸」で考えます。

ここでは一種のパラレルワールドを想定していて、いくつもある世界のうち仏が住まう世界を「仏国土」と称しました。

つまり何度も生まれ変わって仏に出会えるのを待つよりも、死後すぐに仏のいる世界に行けば悟りの道を歩むことができるという考え方です。

 

また、ご存知の方にとっては常識かもしれませんが、浄土教では釈迦ではなく阿弥陀仏が主役であり信仰の対象です。

もっとも、阿弥陀仏大乗仏教の時に創作された仏とされていますし、そのルーツも西方の異文化から流れてきたという説や、ゾロアスター教の影響ではないかとする説もあります。

 

まだまだ紹介しきれていない浄土教の特色は多々ありますが、敷居を低くして全ての人に開かれた教えを説いた姿勢は、大乗仏教の精神に連なるものとして正当に評価されるべきではないかと考えます。

極楽浄土への往生を願う心を「現実逃避だ」と断ずるのは簡単ですが、仏国土というパラレルワールドを想定して、死後とはいえ一刻も早く悟りへの道に導こうとしたことまで否定されるべきだとは思いません。

 

また、日本の仏教を語る上では、やはり末法思想に対する理解が不可欠であると思います。

 

参考文献

佐々木閑『集中講義 大乗仏教 こうしてブッダの教えは変容した』(NHK出版、2017年)